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LGBTと誤情報

LGBTについて色々調べていると、何かと誤情報がつきまとう。






例えばトランスジェンダー。

トランスジェンダーとは

一般に (常にではない) 生まれたときからもっているとされる、伝統的に社会で認識されている役割と同様の規範的な性役割に収まらない傾向を含む、あらゆる個人および行動、グループに当てられる一般用語である。近年の国際的な人権に関する文書においては世界的に承認された普遍的定義はもたないものの、性同一性が出生時に割当てられた性別と対応しない状態を意味する言葉として用いられる(wikipedia)。

このように、広義の意味合いが強く国際的には「普遍的定義」がないため、心と身体の性が一致しない「性同一性障害(GID)」は、"トランスジェンダーの中の一部"とされます。

ところが自称LGBT講演家やメディアなどで「トランスジェンダー=性同一性障害」と訳される場合があります。










次に「性的指向」について。

性的指向とは「好きになる相手の性別」を指し、例えば性自認(心の性)が女性で恋愛対象が男性であれば"異性愛者(ヘテロセクシュアル)"、女性であれば"同性愛者"、同性も異性も恋愛対象であれば"両性愛者(バイセクシュアル)"となります。






ところが、性的指向について説明する際に、同音異義語である「性的嗜好」と誤って表記されることがあります。

性的嗜好は性的に興奮するシチュエーションを指し、例えば乳房の大き人が好みとか、SMプレイが好きといった、いわゆる「性癖」を指します。

同じヘテロセクシュアルでも性癖嗜好、性癖が異なるように、当然同性愛者やバイセクシュアルでもそれぞれ性的嗜好が異なる訳ですが、LGBTについて語る際、性的指向を"嗜好"と表記してしまうと「男色家」「ホモ」といった差別的な意味合いをLGBT当事者の方々に連想させてしまうこと、また、性的指向と性的嗜好は意味が異なるため注意が必要です。





これについては単にパソコンやスマホ等による誤変換、誤字脱字によるものと、記述者がそもそも性的指向と性的嗜好の違いを理解していない2つの可能性があり、後者の場合は認識そのものを改める必要があります。








また、これはどちらかというと私自身が最近認識をした次第ですが、性別適合手術(SRS)においてタイではSRSの技術が進んでいるといった情報や、日本に比べタイでの手術費用が安く旅行にも行けるといった理由からタイでSRSを受けるケースがありますが、帰国後に何らかの異変が生じた場合、日本の医療機関では対応ができない恐れがあること、また、悪質な医療機関の場合衛生管理が不十分でAIDS等の感染症に罹患するといったリスクが存在します。

しかし、最近SRSを受けた当事者の方から教えて頂いたのですが、タイではSRSの技術が進んでいるといった情報については、SRSアテンド業者等による「誇大広告」であり技術に大きな差はないこと、感染症罹患の恐れなどのリスクも存在しているため、「SRSを受けるなら日本がお勧め」とのことでした。









この話を当事者の方からご教示頂いたあと、タイでのSRSリスクについてもう少し突っ込んで自分で調べようとweb検索を試みたのですが、ほとんどがアテンド業者による広告やタイでSRSを受けた体験談による記事しか引っ掛からず、唯一見つけたリスクについての記事も「感染症リスク」に関する説明のみで記述時期が2010年頃によるもののため、タイでのSRSリスクについては一般に認知されていないといって差支えないでしょう。









LGBTに関する誤情報の例をいくつか列挙しましたが、なぜこのような誤情報が散見されているのか考察すると、2015年頃より生じた「LGBTブーム」によって、LGBT関連市場マーケットに目をつけたメディア、企業、自称LGBT活動家等が知識のないまま自己の利益を優先し、マーケット展開や講演会等を行ったため誤情報が急速に拡散されていったのではないか?と見ています。









かくゆう私自身、LGBTブームが起きる半年ほど前、レズビアンの友人と出会ったことや当時20人に1人(現在は13人に1人とされる)がLGBT当事者であると知ったことでLGBTについて学ぶようになり、一時はSNSで自称「LGBT活動家」と名乗り、関連団体との交流もしてきました。

しかし、一方でやはり私自身、今回でいえばSRSについてそうでしたが知識、知見がまだまだ浅いと痛感し、また、LGBTブームと関連マーケットによる一連の誤情報等により、却ってLGBT当事者の差別を助長したり被害を被っている現状を目の当たりにし、自分自身の活動についても「今のままで良いのか」と、疑問を呈している次第です。








これについては改めて塾考し、その上で身の振り方を改めようと思うのですが、いずれにしてもLGBTについて様々な角度から学び、情報の精査をきっちりしたいと思う次第です。
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サイバー犯罪



ネットをやっていると、色んなことがありますね。

ネットやると色々ありますね。

随分前の話ですが。。。

以前何かのサイトを開いた時に「ウィルスに感染しています!」という画面がみっちり埋まって画面のクローズ叶わず、強制シャットダウンしても改善しない。

それでスマホから対策方法調べたら、すぐに方法が分かってクローズしました。

あと、これまた何かのサイトを開いたら請求書が画面を占拠し、しかも画面の隅っこに「振込期限」のカウントダウンが表示されてこれまた消せない(|||´□︎`;)))))

で、これも別のパソコンで調べたら対策法が直ぐに分かって削除できました。

他にも当時契約していたNTTを名乗って「今後NTTの料金がお安くなります、プロバイダーの名称が変わるだけです」といいながら、手続きのためパソコンの操作を要求されたので「これは怪しい」と思い、パソコン不調で開けないと嘘をつき、後日手続きをすると話に持ち込んだ。

最後に住所確認を求められたので、嘘の住所を提示したところ、まんまと引っかかったので「NTTではない(NTTならこちらの住所を把握しているはず)」と確信。

詳しく調べたところ、NTTを名乗ってプロバイダーを別会社(自身のプロバイダー会社)に契約させるという詐欺であることが発覚。消費者センターに通報した上で折り返しの電話で怒鳴りつけて「NTTの名前語って騙そうとしましたね」と突っつくと、「名乗ってません!」の一点張り。

そこで「会話は全部録音(←嘘)して消費者センターに通報しました」と告げたところ、電話越しに青ざめているのが伝わった。

その後相手は謝罪し、相手は「そちらに郵送物を送付してしまいましたので破棄して頂ければと思います」と告げて電話を切った。

ま、ニセの住所を伝えた以上郵送物を送り返されているはずなので、後日「やられたー!」と思ったことでしょう。

詐欺師をまんまとハメ返してやりましたと。

ちなみに、後で知りましたがNTTが営業目的で個人宅に電話をすることはありませんので、その場合は代理店か振り込め詐欺等の類になるので相手にしないことです。

でも一歩間違えたらホンマ騙されるところでした。

知り合いがNTTを名乗るプロバイダー会社(の代理店と推察される)に騙されて契約してしまい、元のプロバイダー会社から解約金を請求されたケース、NTTを名乗る光コラボ事業者(NTTの光回線を間借りして光サービスを提供する事業者)に騙されて気づいたらNTTから別会社に移行した挙句、工事費やセキュリティ費用などの不明瞭な名目で結果的に、元のNTTより料金が上がった挙句、通信速度が遅くなったとか。

スマホやネット契約もサービスが今時複雑で、内容を吟味しとかないと思わぬ落とし穴って結構あるんですよね。

サイバー犯罪に関しても、架空請求やらワンクリック詐欺も巧妙化して、先に述べた実例の通り、請求画面が消せないとか。

取り敢えず、何かあった時はそのパソコンをシャットダウンしてスマホか別のパソコンで症状を検索したら、大抵は対処法が載ってる(新手の場合は対処法が分からない可能性があるので、yahoo!知恵袋とかで質問するなりして対処法が分かるまではパソコン触らないほうがいいのかなと。









さてさて、今回知人が主導のもとサイバー犯罪に関する講習会を開くらしいので、予定調整して行こうと思います。

内容は恐らくワンクリック詐欺や架空請求、ネットでの誹謗中傷やSNSアカウント乗っ取り対処法とかあたりになるのかな?

面白そうなのでスケジュール調整して行こうと思ってます。











え?ちなみに何のサイト開いてそんなややこしい事になったかって?

まぁ大体想像つくかと思いますが、エロサイトです(笑)。

これね、男ならではだと思うけど結構焦るし、妻子持ちだと妻に内緒で尚更こっそり処理しようとしてまんまと騙されるという、男の弱みに付け込んだ詐欺ですね。当時は妻(のちに離婚)もいない時期でしたが、それでも内心めちゃくちゃ焦りましたし人に相談するのもはばかるので、こういう時はGoogle先生に頼りましょうね(笑)。

エッチのまわりにあるもの 保健室の社会学


例によってりぃぶるで借りてきた書籍。
タイトルの通り、保健室の養護教員が、これまでに接してきた生徒との、ジェンダーに関するやりとりから、ジェンダーに関する問題を「性教育」「DV」「援助交際」「同性愛」「セクハラ」などに分類しながら実話を交えて個々の問題について論じている。
特に興味深かったのは、「セクハラ」の項目で、一般的に「セクハラ」は職場間における問題として取り上げられる事が多く、web検索においても「セクハラの定義」を調べると、凡そは「職場間を前提とした論調が多く、また、学校の場合であれば「生徒と教師」の関係性におけるセクハラ(性的虐待)を前提とした論調が散見される。
しかしこの書籍では「生徒間同士でのセクハラ」について提起している、数少ない書籍といえよう。
もうひとつ、この書籍の特徴として前述の通りジェンダーの問題を様々なカテゴリに分類した上で実例を交えて論調している点であり、ジェンダーの問題を包括的に知るという意味では貴重な書籍だと思う。
この書籍に登場する人物の、特に「性教育」に関する項目以外の問題において、同性愛者、女性、男性が受ける様々なハラスメントのケースが取り挙げられている。
セクシャルハラスメントは男性が加害者で女性が被害者という「神話」がある。
が、この著書では同性間、とりわけ男性が被害者になるケースについても言及されている。
ジェンダーに関する各問題点について読んでいくうちに、2点気づいたことがある。
ひとつは、ジェンダーに関する様々な誤解が蔓延っていること。
レイプ被害者、デートDV被害者に対して「相手を選んだあなた(被害者)が悪い」、「抵抗しなかったあなたが悪い」などと第三者が被害者を責め立てるケースも少なくない。
被害者に対して「あなたが悪い」と責め立てる行為、被害を「セカンドレイプ」と呼びます。
これらの現象に関して言えることは、ジェンダーに関する知識の欠如に他ならない。
レイプという行為は無論犯罪であり、被害者も肉体的、性的、精神的暴力という恐怖のあまり心理的に硬直し抵抗できず、なすがままにされてしまうものであり「抵抗しなかった」のではなく「抵抗できなかった」が正しい理解であり、被害者は「被害者」であって加害者は「加害者」であることに変わりはないという事実を履き違えている「無理解者」による二次的被害者(セカンドレイプ)が後を絶たない。
そのため、ジェンダーに対する正しい知識と教養がセカンドレイプを含む様々な被害を抑止する手段として有効だと言える。
そしてもうひとつ気づいたこと。
生徒間で行われるセクシャルハラスメントに関して、例えば男子生徒は女子生徒のスカートをめくるなどの行為に関して「からかい」という"軽い気持ち"で行なっていることが著書の中で実例として記述されている。
つまり、日本社会で蔓延するセクシャルハラスメントの縮図が、「生徒間」という"学校"空間の中で既に蔓延していることを指し示している。
その事実から考えた時に、セクシャルハラスメントをはじめとするジェンダーに関する知識と教養、つまりは「性教育」が"機能不全"に陥っているに他ならず、逆に言うと性教育が正しく機能していれば、彼らが社会に出た時にセクシャルハラスメントとその被害を抑止することができると思うのだ。
この著書は下記「りぃぶる」にて貸し出ししています。
りぃぶる http://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/031501/

自殺



先日、知り合いが運営に携わる「いのち♡たいせつキャンペーン」に行ってきました。

このイベントに顔を出した目的は二つ。

一つは自殺と心理について客観的な知識を得たかったこと。

もう一つは、過去の、自分自身の「自殺未遂体験」と向き合い、前を向くこと。









3年ほど前、様々な理由から自律神経失調症を患い、精神的に疲弊した僕は処方されていた安定剤を大量に服薬した経験があります。

理由については、色んな人が絡んでいるので詳細を伏せますが、いずれにしても「精神的に行き詰まった」ことが原因でした。







結果的に失業などで当時の人間関係、及び精神的負担となった原因は清算され、それによって病状も回復しました。







ただ、それでも時々、その時の出来事を思い出して精神的に不調をきたすこともあり、それらを完全に清算するためには、自殺心理について知る必要がある、と考えたのです。







それで講演会を聞いて確信したことは、当時、僕は自死を心から望んでいなかったこと。

精神的に追い詰められた当時の状況から、逃げたくて仕方なかったこと。

だけど、逃げることを良しとしない自身の考え方か自らを追い詰めたこと。

そしてその逃避として、薬を大量に服薬するという方法に出たこと。

さらには、大量に服薬するという方法で「助けて」と暗にサインを出した、自分なりの当時の「苦肉の策」だったこと。









結果的に、それらの行為がキッカケで失業と離婚に至り、当時の人間関係その他を清算することになりました。









あの時、誰に助けを求めたら良いのか、何をどうして欲しいのか、分からなくなっていました。

助けを全く求めなかった訳でもありませんが、ただ奇しくも求めた相手が悪く、状況がより悪化することも度々ありました。

それによって人間不信に拍車がかかり、最早助けを求めることすらできなくなり、それが服薬自殺未遂に至ったのです。









幸い、後遺症もなく時々不調に陥ることを除けば、結果的に人間関係を清算し、今の出逢いの数々が自分らしく生きる道筋に繋がりました。

無論、だからといって自死をお勧めしませんが、、、僕の場合結果論としては当時の状況から抜け出すことに成功しました。











今こうして数々の出逢いを経て、色んな生き方をしている人達を見て、振り返ってみれば僕が当時生きていた世界観はとてもちっぽけなものでした。










男と女に分けられて、男らしさを求められ社会人としての常識に縛られ、泣き言いわないとか逃げないことを美徳とする風潮の中にいて、自ずと狭苦しい生き方しかできず、とても窮屈でした。










ところが、レズビアン当事者と出逢ったことで、男と女という単純な仕切りがなくなり、年下に敬意を払う年上の人だったり、いざという時には逃げたらいいと言ってくれる人や、単純な日本人の常識に縛られない生き方の人達と出逢い、自分の中のちっぽけな枠がドンドン壊されていくなかで、ようやく、息苦しさから解放されてきました。











講演会の最中、自殺に関するデータなどを聞いているうちに、少し気分が悪くなり、第二部の演奏会まで持たないと思った僕は講演会の後退散し、実家からほど近い場所にあるミズタマカフェの「森のきのこ展」で被り物して遊んだあたり、もう自死を選ぶことはないだろうと思いました。













経験から言うと、自死とは「他に手段がない」と追い詰められた末の行為であり、裏を返せば「死にたくない」「逃げ出したい」ということです。

そんな時に、何も言わず寄り添って話を聞いてくれる人であったり、今いる場所はとてもちっぽけなもので視野を広げてくれるキッカケがあれば、自死を選ぶ必要などないのです。

違いを認めて共に

「LGBT」という言葉がメディアを介して一般に認知されるようになり早数年。

記憶では当初「LGBTと経済効果」について主に論じられたと思う。








具体的に言うと、同性結婚式などLGBT層をターゲットにしたマーケティングを日本国内展開した場合な経済効果が、確か3兆円に登るという内容だった。







この話についてあるGID(性同一性障害。トランスジェンダーの一つに分類される)の方がこう反論していた。

「あの件に関しては、どちらかというと同性愛者であるL.G.B(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル)の人達の話であって、トランスジェンダー(の中のGID)にとってはそもそも経済的に困窮している人が決して少なくはない。そういう意味では同性愛者の人達と混合して論じられるのは困る」

こう訴えていた。










異性愛者と異なる性自認、性的指向の人々の総称として「LGBT」という言葉が生まれた。

これは主に国際機関における公的用語に使われ、他には「セクシュアルマイノリティ(訳:性的少数者)」、日本のメディアでは「性的マイノリティ(LGBTを含む)」といった用語がある。









LGBTという用語が認知され始めたことで、同性婚の合法化について声高に挙げられるようになったことや、渋谷区に端を発した「パートナーシップ制度」の導入、13人に1人はLGBT当事者であること、小中学校における「思春期を迎えると異性に関心を持つ」とされる保健体育の教科書における記述がLGBT当事者の心を傷つけるとして、記述の改定を求める運動が活発化したことなど、LGBT当事者の権利向上に一定の効果を果たし始めている、とは感じている。










しかし一方で、LGBTという用語によって「異性愛者とそれ以外」という単純な区分けと、異性愛者以外の人々を「一括り」にすることで、それが翻って個々の問題や課題が混合されたり不確かな情報の氾濫を生み出しているように感じる。










例えば「トランスジェンダー」に関すて、しばしばGIDとトランスジェンダーを「同義語」とされる記述が散見された。

ただ、本来トランスジェンダーは「生まれた性」と伝統的に与えられた規範的な「性役割」に収まらない人々という、広義の意味合いがあり、GIDはあくまでトランスジェンダーの中の一つとされてきた。

最も、トランスジェンダーの意味合いが広義で定義が曖昧な側面があり、そのことがGIDとトランスジェンダーの位置付けを混乱させていると思われるが、、、






いずれにしてもLGBTという用語が普及したことで却って各ジェンダーに関する誤情報が散見される事態を生んでいるように感じる。







また、LGBTブームに乗りかかろうと各種LGBTイベントの氾濫やLGBTフレンドリーをPRする企業が増える中で、イベント主催者やPR企業側がそもそもLGBTに関する知識が欠如し、却って当事者に対する差別やハラスメント、誤解を生む要因になっているのではないかと危惧している。








具体的に例えば、とあるLGBT自助グループにおいて、当事者に「表に出る」「(自身のジェンダーを)カミングアウト」させることを強要し、断るとあからさまに不機嫌な対応を取ったり、自己意思をはっきり主張できない当事者であれば意思に反してweb等で公開され、苦痛を感じたと証言する人がいたと聞く。









早い話、LGBTを掲げれば「自分達は正義」と勘違いしている人達がいて、LGBTに対する理解が欠如したまま単に自己(または企業)の利益を得ることを目的に活動しているとしか思えない企業、団体が散見しているように感じる。









僕自身、このようにブログなどでLGBT、セクシュアルマイノリティについて度々記事を書いているが、それはLGBT、セクシュアルマイノリティについて見識を深めることや当事者と仲良くやっていきたいと思うこと、また自分自身のジェンダーとアイデンティティに日々問いかけ、自分らしい生き方を模索し前に進みたいと思ったからだ。

ほんの数年前まで僕は「男女」のみの世界に生きてきて、「男らしさ」という狭苦しい枠の中に押し込められてきた。

そして、同性愛者の友人と出逢い、LGBTについて見識を深めていく中で「男らしさ」という檻から解放され、「自分らしく」生きるという道筋を与えてくれた。










LGBT関連のグループ等にもある程度関わっているし、ある程度LGBTイベントにも関わっているが、「ステレオタイプ」というか、LGBTに関する知識や考え方が偏ったりするのは嫌なので、深くは関わらないスタンツを取らせてもらっている。










ある人がツイッターでこう呟いた。



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「知って下さい正しい知識」

でもね

LGBTに正しい知識なんて存在しないんだ

何故なら

みんなそれぞれに趣向も思考も違うから

だから「正しい知識」って壁を作って当事者をその中に閉じ込めることは間違いなんだよ

みんな違って当然なんだから


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そうだよね。

違って当たり前なんだよね。










僕は一人一人違っていいという当たり前のことを、LGBT当事者の人達にもそうでない人達にも教えてもらっている。

異性愛者の僕は、理屈で言えばLGBT「非当事者」にあたるけど、そういう線引きはいらない。

「みんな一緒にいたい」というよりは「違いを認めて共に歩みたい」、こういう考え方の方がしっくりくるし、パレードとかフレンドリーPR活動の全てを否定するつもりはないけれど(そもそも僕自身そこに片足突っ込んでる訳だし)、互いに違いを認めた上で、共に寄り添い合えることが大事な訳で、互いに良い生き方ができるのであればそれでいいんだと思うし、パレードやフレンドリーPR活動が却って誰かの人格や人権を否定するものであれば、そんなのなくてもいい。
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北野 亮

Author:北野 亮
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